内田裕也さんの葬儀・お別れの形 | 伝説の締めくくりは「ロックンロール葬」

内田裕也 ロックンロール葬 ロック葬

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樹木希林さんの後を追うように、妻の死からわずか半年で他界した内田裕也さん。

内田裕也さんの「東京・青山葬儀所で盛大に送ってほしい。」という願いを叶えたお別れの会が催されました。
日本のロックシーンの先駆けとして活躍し、口癖が「ロックンロール!」だった内田さん。
ご遺族がその「内田裕也らしい」にこだわって整えた、と感じられる会の様子をご紹介します。
大きな話題となった堺正章さんのユーモアにあふれる弔辞や、娘の也哉子さんが彼女にしか語れない言葉もご紹介します。

内田裕也さんのプロフィール

■内田 裕也(うちだ ゆうや)

日本の日本のロック黎明期から活動したミュージシャン、俳優。
本名は同じ読みで内田 雄也
1939年11月17日 兵庫県西宮市生まれ
2019年3月17日 死去(享年79)

(略歴)
1959年 渡辺プロダクションに所属し、日劇ウエスタンカーニバルで本格的にデビュー。以降「内田裕也とザ・フラワーズ」のボーカリストとして活動。
1963年 映画『素晴らしい悪女』で俳優デビュー
1966年 ビートルズの来日コンサートで特別編成バンドとして前座を務める
1973年 樹木希林さんと結婚
同年 12月 年越しロックイベント「フラッシュ・コンサート」を開催。以降、「ニューイヤーズワールドロックフェスティバル」など名称を変えながら46年続いた。
1976年 娘の也哉子さん誕生。(後に本木雅弘と結婚)
1977年 大麻取締法違反で逮捕
1981年 勝手に離婚届を役所に提出してハワイへ。離婚は成立せず約40年別居。
2011年 交際女性宅へ不法侵入で逮捕
2018年9月15日 樹木希林さん死去。以降、車椅子姿を見せるなど憔悴した様子だった。
2019年3月17日 肺炎のため死去(享年79)

内田裕也さん 最期の様子

内田裕也さんは4年前から闘病中で、亡くなる一年前から体調が悪化していたと事務所が明かしています。
2019年1月中旬に肺炎で入院し、2月上旬に退院したものの、誤嚥性肺炎を患い再入院となりました。延命治療は拒んでいたそうです。

本木雅弘さんが次の通り、内田さんの様子を披露しています。
3月10日、長男のUTAさんと次男の玄兎(げんと)くんを連れて最後に見舞いに訪れた際、言葉を交わした様子です。
希林さんの名言集が話題になっている話をして「生前、樹木さんは口が災いするねと戒めていたけど、その口で評価されているね」と言ったら結構ウケて、「そうだな」と笑っていたそうです。
3月17日早朝に死去した際は、誰も最期を看取れませんでした。
本木さんは「眠っている時にふっと呼吸が止まったのではと指摘された。裕也さんの中では亡くなったことも分からず、眠っているまま逝ったのかな」と偲びました。

葬儀・告別式は近親者のみの密葬

ロンドンにいた本木雅弘さんの帰国を待ち、お通夜は死去4日後の3月21日の夜に渋谷区のご自宅で行われました。
葬儀と告別式は翌3月22日、同じく自宅で近親者のみの密葬でした。
参列したのは仕事で渡英している孫のUTAさんを除くご家族、親族とバンド仲間らの約20人。
荼毘(だび)に付されたの裕也さんのご遺骨は、裕也さんが持っていた樹木希林さんのあごの骨と並べて安置していたそうです。
本木さんはその様子を「正真正銘、一緒になっているわけですけど『これから(同居について)どうしますかね?』と天国で協議しているんじゃないでしょうか」という言葉とともに明かしました。
ご遺骨は後日、内田家の菩提寺であり、希林さんも眠る東京・南麻布の光林寺の墓に納められています。

お別れの会「内田裕也Rock’n Roll葬」

4月3日、内田裕也さんの「東京・青山葬儀所で盛大に送ってほしい。」という願いを叶えたお別れの会「内田裕也Rock’n Roll(ロックンロール)葬」が営まれました。

祭壇にはLEDモニターで動く遺影

幅16メートル、高さ3.5メートルという大きな祭壇が設置され、約1万5000本の白い菊やバラ、愛用のステッキが飾られました。
祭壇のコンセプトは内田裕也さんがプロデュースし、46年続いた「ニューイヤーロックフェスティバル」です。
第1回のポスターを横尾忠則氏がデザインし、エベレスト、ピラミッド、富士山などが描かれています。
祭壇にはそのポスターを模して富士山などが再現されました。そして中心には「Rock’n Roll」の文字が。その上に大きなLEDモニターが設置され、動く遺影が映し出されました。

「今回の別れの会がラストステージだと捉えた場合、集まる皆さまにはこの最後の機会に、内田裕也の歴史を見ていただくとともに、今一度あの独特な存在感に触れていただきたい」という意向通り、お別れの会はモニターに映る「裕也さんの天国からのメッセージ」からスタートし、参列者を驚かせていました。

生身の内田裕也さんを語った、堺正章さんの弔辞

弔辞には盟友の堺正章さん、晩年のドキュメンタリー「転がる魂 内田裕也 ザ・ノンフィクション」を監督した崔洋一さん、半世紀近い親交のある鮎川誠さん、美術家の横尾忠則さんが送りました。(横尾さんの弔辞は本木雅弘さんが代読)

なかでも堺さんの弔辞は話題になりました。
「裕也さん、お疲れさまでした。あなた、私たち後輩にとっては良き手本でもあり、あしき手本でもありました。そのあしきの中に魅力がたくさん詰まっていたような、今思い返すとそんな気持ちになっています。」と始まりました。

そしてユーモアを交えて「生身の内田裕也さん」の姿を表すエピソードを幾つも語り、最後は「奥さんの樹木希林さんもつい最近あの世にいらっしゃいました。あなた呼ばれたんですよ、あなた1人でこの世にいちゃいけないって。でも他の人間を呼ぶのはやめてくださいね。真似ができない素敵な人生。あの世でもロックやってください。そして地獄とは言わず、天国にいってください。裕也さんのことは一生忘れずに、生きていきたいと思います。お疲れさまでした」と終えました。

歌手のAIさんは、自身の結婚の保証人を内田裕也さんが務めるといった親交があり、ご遺族やスタッフの強い希望で「アメイジンググレイス」を歌唱しました。

「安らかに眠るな!」也哉子さんの喪主謝辞

裕也さんの娘の也哉子さんが行った喪主謝辞は、赤裸々に希林さんと裕也さん、自身の心情を語っていました。
感性鋭い表現で綴られた「内田裕也」、そして彼に送る言葉はTVでも全文放送されるなど、人々の心に強く響くものでした。

「私は正直、父をあまりよく知りません。わかり得ないという言葉の方が正確かもしれません。けれどそれは、ここまで共に過ごした時間の合計が、数週間にも満たないからというだけではなく、生前母が口にしたように、こんなに分かりにくくて、こんなに分かりやすい人はいない。世の中の矛盾を全て表しているのが内田裕也ということが根本にあるように思います。」

(中略)

「人は生まれ持って誰のものではなく個人です。歴(れっき)とした世間の道理は承知していても、何かの縁で出会い、夫婦の取り決めを交わしただけで、互いの一切合切の責任を取り合うというのも、どこか腑(ふ)に落ちません。けれでも、真実は母がそのあり方を自由意思で選んでいたのです。そして父も、1人の女性にとらわれず心身共に自由な独立を選んだのです。
2人(希林さんと裕也さん)を取り巻く周囲に、これまで多大な迷惑をかけたことを謝罪しつつ、今更ですが、このある種のカオスを私は受け入れることにしました。まるで蜃気楼(しんきろう)のように、でも確かに存在した2人。私という2人の証がここに立ち、また2人の遺伝子は次の時代へと流転していく。この自然の摂理に包まれたカオスも、なかなかおもしろいものです。
79年という長い間、父が本当にお世話になりました。最後は、彼らしく送りたいと思います。

Fuckin’ Yuya Uchida,
don’t rest in peace(安らかに眠るな)
just Rock’nRoll !」

※当記事の最後に全文を掲載しています。

会葬者へ渡された焼きそやばUFOや缶バッジ

芸能関係者約100人を含む、約1700人がお別れの会に参列しましたが、ご遺族の意向で香典は受け取らず、会葬者へは3つのお品が御礼として渡されました。
その3つとは「最後のCM出演になった『焼きそばUFO』」「内田裕也さんのポストカード」「ロックンロールと描かれた特製の缶バッヂ」です。
受け取った方々はきっと「日清焼そばU.F.O.」CMで裕也さんが「ロックンロール!」と叫ぶ姿を思い浮かべたことでしょう。

主な参列者

北野たけし 松田美由紀 北大路欣也 竹中直人 安藤和津 浅田美代子 氏神一番 岩城滉一 白竜 DJ KOO 指原莉乃 (敬称略 順不同)

今は同じ墓で眠る裕也さんと希林さん

内田裕也さんの戒名は、本木雅弘さんと也哉子さんの希望で「響」と「和」の文字が入った「和響天裕居士」(わきょうてんゆうこじ)となりました。
世に響かせるという意味で「響」の文字が付けられたそうです。

本木さんは裕也さんが亡くなった際に「樹木さんは生前、『自分が裕也さんを片付ける』とおっしゃっていたので、有言実行したのかな。病と向き合っている裕也さんと、それを見守っている私たち家族が長患いしないように、樹木さんが気を利かせてちょっと早めに連れて行ったんじゃないかと思います」と語っています。
裕也さんは現在、先に内田家のお墓に眠っていた希林さんと同じ墓で仲良く眠っています。

内田裕也さんの葬儀・お別れの形 まとめ

破天荒なロックンローラーで、家族を苦しめた自由な生き方を選んだ内田裕也さん。
それでも、本木さんから「結果として大きな仏像だった」、也哉子さんにも「清々しく無垢な存在」と言わしめた純粋な人でもありました。
そんな裕也さんのお別れの会は、とことん「裕也さんらしく」あって「あんな風に送られて羨ましい」という声が世間からあがるほど。
その会の様子は、故人らしい送り方、送る言葉があっていいと教えてくれています。
内田裕也さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

内田也哉子さん 喪主謝辞 全文

私は正直、父をあまりよく知りません。わかり得ないという言葉の方が正確かもしれません。けれどそれは、ここまで共に過ごした時間の合計が、数週間にも満たないからというだけではなく、生前母が口にしたように、こんなに分かりにくくて、こんなに分かりやすい人はいない。世の中の矛盾を全て表しているのが内田裕也ということが根本にあるように思います。

私の知りうる裕也は、いつ噴火するか分からない火山であり、それと同時に溶岩の間で物ともせずに咲いた野花のように、すがすがしく無垢(むく)な存在でもありました。率直に言えば、父が息を引き取り、冷たくなり、棺に入れられ、熱い炎で焼かれ、ひからびた骨と化してもなお、私の心は、涙でにじむことさえ戸惑っていました。きっと実感のない父と娘の物語が、始まりにも気付かないうちに幕を閉じたからでしょう。

けれども今日、この瞬間、目の前に広がるこの光景は、私にとっては単なるセレモニーではありません。裕也を見届けようと集まられたおひとりおひとりが持つ父との交感の真実が、目に見えぬ巨大な気配と化し、この会場を埋め尽くし、ほとばしっています。父親という概念には到底おさまりきれなかった内田裕也という人間が、叫び、交わり、かみつき、歓喜し、転び、沈黙し、また転がり続けた震動を皆さんは確かに感じとっていた。これ以上、お前は何が知りたいんだ。きっと、父はそう言うでしょう。

そして自問します。私が父から教わったことは何だったのか。それは多分、大げさに言えば、生きとし生けるものへの畏敬の念かもしれません。彼は破天荒で、時に手に負えない人だったけど、ズルい奴ではなかったこと。地位も名誉もないけれど、どんな嵐の中でも駆けつけてくれる友だけはいる。これ以上、生きる上で何を望むんだ。そう聞こえています。

母は晩年、自分は妻として名ばかりで、夫に何もしてこなかったと申し訳なさそうにつぶやくことがありました。「こんな自分に捕まっちゃったばかりに」と遠い目をして言うのです。そして、半世紀近い婚姻関係の中、おりおりに入れ替わる父の恋人たちに、あらゆる形で感謝をしてきました。私はそんなきれい事を言う母が嫌いでしたが、彼女はとんでもなく本気でした。まるで、はなから夫は自分のもの、という概念がなかったかのように。

もちろん人は生まれ持って誰のものではなく個人です。歴(れっき)とした世間の道理は承知していても、何かの縁で出会い、夫婦の取り決めを交わしただけで、互いの一切合切の責任を取り合うというのも、どこか腑(ふ)に落ちません。けれでも、真実は母がそのあり方を自由意思で選んでいたのです。そして父も、1人の女性にとらわれず心身共に自由な独立を選んだのです。

2人を取り巻く周囲に、これまで多大な迷惑をかけたことを謝罪しつつ、今更ですが、このある種のカオスを私は受け入れることにしました。まるで蜃気楼(しんきろう)のように、でも確かに存在した2人。私という2人の証がここに立ち、また2人の遺伝子は次の時代へと流転していく。この自然の摂理に包まれたカオスも、なかなかおもしろいものです。

79年という長い間、父が本当にお世話になりました。最後は、彼らしく送りたいと思います。

Fuckin’ Yuya Uchida,don’t rest in peace
just Rock’nRoll !

〈参照URL〉

http://www.uchidayuya.com/ https://www.oricon.co.jp/news/2132797/full/ https://www.sanspo.com/geino/news/20190323/geo19032304000004-n1.html https://hochi.news/articles/20190322-OHT1T50166.html https://www.fnn.jp/posts/00414738CX https://www.excite.co.jp/news/article/Real_Live_45271/ https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201904030000445.html

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